独女のプアリッチLife

アラフィフ独女のセミリタイア生活!お洒落とお出かけと戯言

 本サイトはプロモーションが含まれています

見返りを求めていないはずなのに、なぜかモヤモヤする理由

 

人間関係の悩みの多くは、「期待」と「現実」のズレから生まれる。

頭ではわかっているのに私は時々

人に対してがっかりしたり寂しくなったりすることがありました。

 

そのたびに「相手に求めすぎなのかな」

「私の期待値が高すぎるのかな」と考えてしまう面倒くさい人間…。

 

今回は、自分の中に生まれる複雑な気持ちと“期待”について考え

少し心が軽くなったお話です。

 

 

 

 

見返りを求めていないはずだった

 

 

人に何かをするとき、「お返しが欲しい」と思っているわけではないのに

相手の反応によって、なぜか寂しくなったり、がっかりしたことはありませんか?

 

例えば、人生の節目を迎えた遠方の友人に贈り物をしたのに

何の音沙汰もない。

届いているのかどうか気になって仕方ない。

大げさに喜んでほしいわけじゃない。

でも、「届いたよ!」の一報くらいは欲しい。

 

もっと身近な出来事なら、友人の誕生日に「おめでとう」のメッセージや

LINEで気軽に送れるギフトを贈ったとき。

返ってきたのは「Thank you」のスタンプひとつだけ。

 

いや、せめてテキストで返事くれよ~~~!と思ってしまうw

あるいは、面倒な雑務を代表して引き受けたのに

特に感謝されることもなく終わったとき…。

なんだか損した気分になったりもする。

 

例を挙げればきりがないけれど

「見返りを期待していたわけじゃないのに、なぜかモヤモヤする」

そんな経験、誰にでも一度くらいはあるでしょう?

 

 

モヤモヤの正体を考えてみた

 

100%善意でやったことなのに、どうして人はモヤモヤしてしまうのでしょう?

やっぱり感謝してほしかったから?

心のどこかでお礼という名の見返りを求めていたから?

そんな卑しい理由だったりするのかしら?

 

でも、よく考えてみるとそうじゃない!!!

「ありがとう」という言葉そのものが欲しかったわけではない。

感謝の気持ちを大げさに表現して欲しかったわけでもない。

 

ただ、自分の気持ちがちゃんと届いたことを知りたかった。

そして、自分の存在や行動を軽く扱われたくなかった。

だからモヤモヤするし、時には寂しくなったりするのよね?

 

そして最大の理由は――

「自分だったらこうするのに」

という感情なのだと思います。

 

 

 

 

自分の『当たり前』を相手にも求めていた

 

自分ならこうする。

自分なら連絡する。

自分なら一言伝える。

その「自分なら」が基準になっていると、人間関係は一気に苦しくなります。

 

どこかで見聞きしたことはありませんか?

「気遣いできる人ほど、気遣いしない人にモヤモヤしがち」

という言葉を。

これを聞いたとき、私はとても納得してしまいました。

 

人は自分が苦労せずにできることを「当たり前」だと思ってしまうからです。

連絡を返すこと。

お礼を伝えること。

相手を気遣うこと。

 

私にとっては特別な努力をしなくてもできることなので、つい

「これくらい普通じゃない?」

と思ってしまう。

でも、よく考えてみれば、その「普通」は私の基準でしかありません。

 

世の中には連絡がマメな人もいれば、そうでない人もいる。

感謝の気持ちはあっても言葉にするのが苦手な人もいる。

気遣いよりも別のことに意識が向いている真っ最中の人だっている。

 

それなのに自分の中の『当たり前』を相手にも求めて、

できていない人を見ると

「無神経だな」

「気遣いのできない人だな」とレッテルを貼ってしまう。

 

そして勝手に傷ついて、勝手にモヤモヤしている。

そんな自分が嫌になる・・・

 

もちろん、本当に配慮に欠ける人間もいるから、見極めは必要だけど。

でも、すべてがそうとは限らない。

単に自分と相手の『当たり前』がすれ違っているだけってこと、あるから~~~!

 

 

期待はしていない。でも無意識には期待している

 

私はずっと「見返りなんて求めていない」と思っていたけれど

「届いたよ」

「ありがとう」

「助かったよ」

そんな一言くらいは返ってくるだろう。どこかでそう思っていた。

 

な~んだ!期待していないつもりで、ちゃんと期待していたんだ。

ただ、その期待は物やお金ではなく、

「気持ちのキャッチボール」への期待だったんです。

 

こちらが投げたボールを、相手にも受け取ってほしい。

受け取ったことが分かるように返してほしい。

 

人との関係を大切にしたいと思う人ほど

そんな期待を抱くのは自然なことなんじゃない?

だから私は「期待してしまう自分」を否定するのはやめようと思うのです。

 

期待すること自体が悪いのではなく、期待と現実が違ったときに

「この人は私を大切に思っていない」

と決めつけてしまうことが苦しさの原因だって分かったから。

 

期待してしまうのも人間、がっかりしてしまうのも人間。

そのことを認めた上で、この人はこういう人なんだな

と受け止められたら、もっと人間関係は楽になると思うんです。

 

 

 

 

それでも人に何かしてあげたい

 

 

期待しない人になるのではなく、期待してしまう自分を認めながら

それでも誰かを思って行動できる自分を大切にしたい。

だって・・・やっぱり人への期待をゼロにするのは私には難しい。

 

相手の気遣いの少なさ=自分の価値の低さ ではありません。

「連絡がなかったから私は寂しかった。

でも、それだけで私の価値が決まるわけではない」

そう考えられたら、少し肩の力が抜ける気がしませんか?

 

みんな、自分ほどは人間関係を重く考えていないんだなってことに気づくと

かなり気持ちが楽になりますよ。

だから相手の反応にモヤモヤするな~~~、大丈夫!大丈夫!

 

 

 

 

にほんブログ村 ライフスタイルブログへ
にほんブログ村