
自分は「一人耐性」が高い人間なのではないか?
とかなり前から思っています。
人と会うのが嫌いではないし、ずっと引きこもっているのは寂しい。
誰とも関わらずに生きていきたいわけではない。
ただ、一人で過ごす時間に退屈や不安を感じることがあまりないのです。
ろれつが回らなくなりそう
ある日、60代半ばの友人がこんなことを言いました。
「1日誰とも話さなかったら、ろれつが回らなくなりそう」
大げさな表現に私は思わず笑ってしまったのです…っが
まるっきりの冗談ではなく、結構真剣な面持ち!
体調を崩し仕事を辞めたものの、ひとりのおうち時間が苦痛なのだと。
近所には娘たちがいて、孫もいて
私なんかよりずっとずっと恵まれているのに~。
一方、私はセミリタイア生活になってから、誰とも会話しない日なんて当たり前!
猫相手に話すくらいだけど
「ろれつがまわらなくなりそう」などと思ったこともありません。
私は一人で過ごす時間が苦にならない。
もちろん時にふと、寂しい気持ちになることはある。
ただ年齢を重ねるほど、一人の時間を楽しむ力は大切になる気がしているんです。
家族に恵まれている人は、一人のシチュエーションがあまりないから
「一人=孤独」の図式になってしまうのかもね。
コロナ禍でも暇ではなかった

数年前、コロナ禍で不要不急の外出が控えられ
商業施設も閉まり、多くの人が家で過ごしていたあの頃。
今振り返ると、不便なことがたくさんありましたよね~~~。
私が特に残念だったのは
- 映画館に行けなくなったこと(やはり映画はスクリーンで観るのが一番)
- 予約していたバリ島旅行がキャンセルになったこと
- 気軽に外食ができなくなったこと
こうして並べてみると、やっぱりいろいろ辛かったなぁ。
ただ、不思議なことに「暇で仕方がない」と感じた記憶はあまりありません。
映画やドラマのサブスクを楽しみ、本を読み
このブログを始めるための準備もしていました。あとはゲーム…。
ちょうど会社員を辞めた直後にコロナ禍が始まったこともあり、
「いつか観よう」
「そのうち読もう」
と思っていた作品に次々と手を出していたら
案外あっという間に時間が過ぎていったのです。
もちろん、誰にも会わず、どこにも行かず
それでも平気だったという話ではありませんよ。
特に旅行のキャンセルは本当に残念でした。
ただ、人と会えないことそのものが大きなストレスだったかというと
私の場合はそうでもなかった気がします。
ひとりが好きというより退屈しない

子どものころから一人遊びが好きだったので
私は長年、自分のことを「一人が好きな人間」だと思っていました。
でも最近、それは少し違うのかもしれないと思うようになりました。
一人が好きというより、一人でも楽しめることが多い。
だから一人でいても退屈しない。
そういうことじゃないかなぁ…。
映画を観るのも、本を読むのも、ブログを書くのも好き。
カフェでのんびり過ごす時間も嫌いではありません。
だから「誰かと一緒じゃないと楽しめない」という感覚が、実はあまりないのです。
人と会うことが嫌いなわけじゃないのよ!
大勢が集まる飲み会は確かに苦手だけど、少人数での食事会や飲み会は好きです。
要するに、一人でも十分機嫌よく過ごせるけれど
人と過ごす時間もそれなりに楽しめる、そんな感じかな?
一人耐性が高いとは言っても、ずーっと一人ぼっちは
やっぱり孤独だものね。
まとめ

「1日誰とも話さないと、ろれつが回らなくなりそう」という言葉を聞いて
自分の一人耐性の高さを改めて実感したわけですが
年齢を重ねるほど、一人で過ごす力は大切になると思う。
子どもがいてもいなくても、家族が近くにいてもいなくても
人は必ず一人で過ごす時間を持つことになります。
そういう時間が増える人が大半だと思うのです。
だからこそ、一人の時間を楽しめることは案外大事な能力なのかもしれません。
ろれつが回らなくなりそうと言っていた友人は
今ハンドメイド(布小物作り)に夢中です。